震撼の上海 2

地元警察の事情聴取

N先輩が亡くなったその夜、K先輩、M後輩、そして私の3人は虹橋の警察署に事情聴取のため呼び出され刑事課で事情聴取受けることになった。日本語が堪能な現法社員のZ君にも同席してもらった。N先輩との関係、当日の様子、会食の場所、オーダーした料理、飲み物の種類や数などなど質問は細部に至りかなりの時間が掛かった。ゆずでオーダーした内容がレシートの内容と食い違っていると指摘されたりもした。彼らは既にレストランに足を運び我々のテーブルでオーダーされた食べ物、飲み物のリストを入手しておりそれと照合していた。どの飲み物を誰が何杯飲んだのかと質問されたが自分の分は覚えていてもそれ以外は覚えてなんかいない。ショッキングな出来事の直後であったこと、夜も遅かったことが重なり我々3人の顔からは憔悴の色は隠せなかった。警察側には日本語を理解できる人物がいるようだったが彼は最後まで口を開くことは無かった。恐らく我々3人の日本人が取調べ中にどのような会話をするのか探る役目だったのだろう。

取調べ中もK先輩と私の携帯に頻繁に着信が入った。本社からの電話、N先輩と懇意にしていた同僚からの電話。
K先輩が中国担当役員に入れた第一報が徐々に拡散されていく。そして様々な立場にある人々からその真偽を確かめるために電話してくる。御遺族の上海入の際の段取りについての相談もあった。そのたびに警察で事情聴取を受けていることを説明しなければならなかったが待ったなしの内容もあり対応に苦慮した。あまりにも頻繁に聴取が中断されるため携帯の電源を切るよう警察側に要求されたのだ。我々の携帯を外で待機しているローカルスタッフに預けて着信に対応してもらうことで了解を得た。

午前2時頃だっただろうか、我々はようやく開放された。香港から来ている私には追って警察から連絡があるまで上海から出ないよう指示があった。刑事事件でないと判断されればいつでも香港に戻って良いとのこと。

眠れぬ一夜

とんでもない時間に虹橋賓館のチェックインカウンターに現れた私を眠そうな顔で迎えたスタッフにチェックイン手続きをお願いし部屋に向かう。ドアを開けると暗い部屋が私を迎えた。重い足取りで部屋に入りまず熱いシャワーを浴びながら目を閉じると病院のベッドに横たわるN先輩の亡骸が眼に浮かんでくる。シャワーを終えベッドに潜り込んで眠ろうとするが眠れない。目を閉じるとN先輩の姿が目に浮かぶ。ボンベイでの引き継ぎで一緒にインドを駆け抜けた思い出、大阪の喫茶店で馬鹿話に興じた思い出、N先輩御夫妻はボンベイから私たち夫婦は上海から、香港で合流して遊んだ思い出、そして最後はベッドで横たわる先輩の亡骸がフラッシュバックする。あのときもう少し早く適切な対応が出来ていればN先輩を救えたかも知れない、自分が食事に誘わなければこんなことは起きなかったかも知れない・・・・そんなことばかりが頭が駆け巡った。気づけば窓から朝の気配が暗い部屋に滲み込んでいた。結局一睡もできず翌朝を迎え事務所がオープンする時間を見計らって徒歩で仙霞路の事務所に向かった。

長い一日の始まり

午前中、本社が加入している保険会社の日本人駐在員が事務所に来た。これから必要となる手続きの概要について詳しく説明を受け、アドバイスを受けた。必死にメモを取りながらわかりにくいところは納得できるまで質問を繰り返してこれからの大まかな流れを把握しようと努める。その間も日本からの電話がひっきりなしに掛かってくる。一睡もしていないが眠気なんて感じている暇はなかった。

保険会社からの説明が一通り終わるとこれは大変な作業だということがひしひしと感じられた。ここで詳細を述べることは控えるがとても個人でこなせるような内容では無かった。

本社からの第一陣としてK先輩の前任者でありN先輩の上司でもあるD先輩、そしてN先輩の同僚であるKo先輩の2人が午後に上海入りすることになった。2人ともよく知っている方々で頼りになる先輩で心強かった。

最初のミッション

D、Koの両先輩が事務所に到着。我々は昨夜の出来事を詳細に説明した。一通り現状の説明とこれからの予定を打ち合わせた後でD先輩から声がかかった。

日頃から現地で知り合った友人と撮った写真をPCに保存していてそれをよく見せられたと言うのだ。出張中とは言え日曜は休みで、休みの度にその友人と色々な場所に遊びに行き旅先で記念写真をパチリ。その写真をよく見せられたと。D先輩曰くはもしその画像を御遺族、特に奥様が見たら問題だと・・・。

私に課せられたミッションは「問題の画像をPCから削除せよ」だった。それくらい気がついた人間がやったらいいやんけと思いながらD先輩に「えーとすいません、ログインパスワードは?」と尋ねると「それがわからないから頼んでるんだよ」。 ・・・。おーい、僕だってさすがにN先輩のPCのパスワードまでは知らないですぅ。と訴えたが聞く耳を持たないD先輩。もしかしたら御家族は知っているからも知れないがそんなの尋ねるわけにいかない。家族には秘密にしておきたいのだ。故にお前がなんとかしろと。

ネットでいろいろ調べてログインパスワードを解析する方法はわかった。解析は成功しパスワードを知ることもできた。あとはそのパスワードを入力すればログインできるはずだ。ログインできればPicasaをインストールしてPCに保存されている画像ファイルをリストアップして目的の画像ファイルを削除してしまえば良い。

しかしそんなことをする権利が我々にあるのか?先輩の指示とは言えこれは明らかにプライバシーの侵害だ。
葛藤の一時間が過ぎた頃私はN先輩のLet’s Noteをそっとシャットダウンした。光沢液晶に映った自分の顔を見つめながら「これで良かったんだ」と呟いた。Mission incomplete

翌日の朝、前の晩に到着して花園飯店に宿泊していた奥様にその他の遺品と一緒にPCをお渡しした。
そのときに奥様から「パスワードはわかりますか?」と聞かれた。「いえ、個人の所有物で会社の人間は誰も知らないのです。もし奥様がご存知で、中身をチェックすることがあって仕事関係のデータなどありましたら是非お知らせ下さい」と伝えた。奥様は「いえ、私にもわからないのです。」とのことだった。

その後あのPCがどうなったのかわからない。私のような素人でもパスワード解析できたのだからその気になれば誰でも出来るし、お金を払えば業者に依頼することもできるだろう。それでN先輩の保存していたという画像が御遺族の目にとまったとしてもそれはそれで良いのだと思う。

次回につづく

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