episode 3 3.12連続爆弾事件

1993年3月12日午前中、紅顔の美少年は☆彡社ボンベイ支店でR氏と商談を終えた。それまで懸案になっていた価格問題もお互いの納得のゆく形で決着させることが出来、R氏の誘いで彼の事務所近くのレストランで昼食を一緒にすることになった。来たのはもちろんベジタリアンレストラン。取引先の90%以上がベジタリアンだ。仕方ない。夕食は肉っけたっぷりの中華にしよう。そうしよう。

家族の話、他愛のない世間話などを交わしながらそろそろお開きにしようかと考えていた矢先どっか~~~~んという大音響と共にレストランが入っているビルが大きく揺れた。建造物がこんなに揺れるのは初めて経験した。大地震かはたまたトラックでも突っ込んできたのかと思った。

レストランはグラウンドフロアにあったため給仕のボーイがエントランスを出て外の様子を見に行った。

ば、ば、爆発や~!大通りのガソリンスタンドが燃えとるぅ!
えらいこっちゃ〜

店内がどよめいた。パキスタンが攻めてきたんじゃないかなどとジョークを飛ばすおっさんが居た。笑えないジョークをよそに紅顔の美少年はすぐさまエントランスに向かい扉を開けた。扉から一歩踏み出た瞬間に彼の小さい眼に飛び込んできたのはもうもうと空まで覆い尽くす真っ黒な煙とその中を逃げ惑う数多くの人々。隣では給仕のボーイがその様子を虚ろな眼で見つめている。唇は真っ青だった。

一人の少女がママー、ママーと泣き叫びながらこちらに向かって走ってくる。小学生だろうか。華奢な腕は血まみれだった。赤い血の色に染まった白い制服が痛々しい。血の赤を見て正気に戻ったのか隣に立っていたボーイが彼女を静止しようとその腕に手を伸ばした瞬間、痛いっ!彼の手のひらから赤い血が零れ落ちた。少女の腕に突き刺さっていたガラスの破片が彼の手のひらの柔らかい部分を貫いたのだ。パニック状態の少女はそのまま走り去ってしまった。切れた手のひらをかばいばがら店内に戻るボーイ。美少年はただその光景を見ている他すべがなかった。

ただならぬことが起きていることは容易に察することができた。すぐにそこを立ち去らねばと席で様子を伺っているR氏のところに戻り外の様子を説明した。R氏はまず自分の事務所に戻り何が起きているのか把握しようと言った。紅顔の美少年は外で待っていた運転手と車のことが気になった。探しに行こうとする美少年をR氏は制止した。ダメだ、こんなときに動き回っちゃいけない。とにかく事務所に移動しようと早々に勘定を済ませ二人は事務所へ戻った。
心の中でごちそうさまと言うのは忘れなかった。

事務所に戻りほどなくすると運転手が現れた。ガソリンスタンド近くの屋台で食事をしていたら突然ガソリンスタンドが爆発したという。今も右耳が聞こえないのだと。

R氏は家族、取引先などに電話をかけ始めた。携帯電話もメールもSNSもない時代、状況把握は口コミが一番早く正確だった。そして驚くべき事実を耳にすることになる。

ナリマンポイントのエアーインディアビル、ボンベイ証券取引所、日本山妙法寺のあるWORLI、空港近くのセントールホテル、フォートのザベリバザールでも同じような爆発が発生していると言うのだ。

これは事故ではなくテロだ・・・・
どうしてこの国にはこんな愚かなことばかりが起きるのだ・・・

涙ぐみながら国を憂うR氏の表情を今も忘れない。

美少年は事務所の電話を借りて自分の事務所にも電話を入れ従業員の安否確認を急いだ。相変わらず繋がりにくい電話と苦闘しながらようやく従業員全員の安否確認と帰宅指示を終わらせ自分も帰途につこうとした美少年をR氏が引き留めた。まだ何か起こるかわからない。市内中心部に戻るのはもう少し待った方が良い。確かにそうだ。結局16時まで彼の事務所に居させてもらった。

帰宅途中無残に焼け焦げた二階建てバスの残骸と道路に空いた大きな穴を見た。ここでも爆発が・・・。R氏の言うことを聞いておいて良かった。後にも先にもインド人の言うことを聞いておいて良かったと思ったのはこの時だけだ。ありがとうR氏。

この記事がお気に召しましたらシェア・いいねを!!

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です