episode 1 紅顔の美少年じゃがいもを買う

香港からボンベイへのフライトは私以外はインド人、インド人、インド人、中東の人、空席、西洋人、東洋人、インド人、インド人、インド人てな具合でインド人がほとんどでした。機内食を指差しこれはベジか?とまるで呪文のように問いかけるインド人乗客を嫌な顔ひとつ見せず華麗に捌いてゆく香港人CAにプロを感じた。一々気にしていたらやってられないのだ。プロだ。感心しているうちに間にボンベイ到着。

ボンベイ空港に降り立ったのは21時頃だったかな。日本食をぎっしり詰めた特大のスーツケースをふたつ転がして税関を抜け空港ビルから出るとそこにはこちらを凝視する無数の大きな眼、眼、眼。ものすごい数のインド人が自分のゲストをいち早く見つけ出そうと柵の向こうからこちらを凝視していた。タクシー!タクシーと叫びながら手招きをする怪しい人たちも居た。インド人と仕事で接してはいたがこれほどまでに多くのインド人から凝視されるのは初めてだったのでその圧に酔いそうになりながら前任者の先輩を探す。程なく「お疲れ!」と大きく手を振りながら声を掛けて頂いてようやく安堵。

昔はこんなに明るくなく、短パンに裸足の奴らも多く居た


当時弊社の新任インド駐在員は約1カ月ほどの引継ぎ期間を前任者の自宅で過ごすことが慣例のようになってまして、ひとまず前任先輩の御自宅へ。Caffe Paradeという場所にMaker Towerというマンションがあり御自宅はそこの12階でした。

前任者とその御家族の生暖かい歓迎を受けながらこれから約1ヶ月お邪魔することになるので日本から持参したお土産など披露しながらしばし歓談。夜も更けてきまして続きは明日ということで就寝。あぁ疲れた。

日本とインドには3時間半の時差があり途中香港に寄り路したもののまだまだ日本時間が抜けず翌日は朝早くから目が覚めてしまいます。あぁ、今日から自分も花の駐在さんの仲間入りかなどと考えながらベッドでまんじりともせず時間の経つのを待っていました。朝の7時頃だったでしょうか、寝室のドアを誰かがコンコンとノック。出てみると奥様で、朝食に使うからじゃがいもを買って来てと1ルピーコインを一個手渡されました。え?当時の1ルピーって大体3円検討だったんですが、どれくらい買ってくれば良いのかと聞くと窓から見える野菜売りを指差しながら大体1キロくらい買えると思うけど買えるだけ買って来てとのお達し。3円でじゃがいもを1キロ買うという最初のミッションを授かった紅顔の美少年はボサボサの頭を整える暇もなく先程窓越しに見たリヤカー八百屋のおっさんのところへ向かうのでした。

見慣れない東洋人を見つけた八百屋のおっさん、怪訝な目つきでこちらを凝視しています。今風に言えばガン見とでも言うのでしょうか。またあの眼だ。昨日空港で経験したあのなんとも言えない大きな眼、オマエナニモノダビームを放ちながらこちらを凝視しています。負けてはいけない、負けてはいけない。八百屋のおっさんの前に立つ紅顔の美少年。एक किलो आलू कितने है?(一応ヒンディー語は出来た)とジャブ。するとおっさん、こいつ一体何を言ってるんだとばかりにマラーティー語で返してきます。काय?早口で立て続けに発せられるその言葉は重いボディブローのように効き始めます。何言ってるのかわからん・・・・(´・ω・`)

そう、ボンベイではヒンディー語ではなくマラーティー語なのです。隣の村まで行くともう言葉が違うインド、紙幣に14の公用語で額面が書いてあるインド!ある人がインド大使館に行ってそれぞれの言語が何語か尋ねたら大使館員総出でも全部はわからなかったというインド、そう、ここは昨日まで紅顔の美少年が暮らしていた日本では無いのです。

いきなり撃退されては日本人の名が廃ると思いヒンディー語でएक किलो आलू(じゃがいも1キロ)を連発しながら握りしめた1ルピーコインを手渡すと八百屋のおっさんが差し出したのはなんと1.5キロのじゃがいも。

勝った( ´∀` ) 

1.5キロのジャガイモを手に意気揚々と帰路に就く紅顔の美少年。その紅潮した頬には勝者のみぞ知る喜びが滲み出ていたのでした。おっさんからすると1キロだけ売ってお釣りを渡すのが面倒だったんでしょうねきっと(笑)。

こうしてインド駐在最初のお仕事、”1ルピーでじゃがいも1キロを買うプロジェクト”は成功したのでした。(笑)

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