俄モバイラー爆誕!

2001年春、香港に赴任した。

仕事柄毎週のように広東省出張があった。深圳,东莞,广州,江门,惠州,茂名などを車、鐵道、高速船、バスを駆使しながら駆け巡った。日帰りの時は良いが2泊3泊となると毎日山のように垂れ流されてくるメールが溜まる一方で香港に戻ってからが大変だった。ノートPCを携えてはいたがまともに使えるのは夜ホテルの部屋に居る時に限られていた。現代のように屋外で簡単に使える高速ネットワークはまだ普及していなかったため車、列車での移動中にPCでメールチェックし必要な作業をこなした上で返信することは至難の技だった。
やってできないこともなかったが通信速度は非常に遅くメールの山をダウンロードするだけで時間は掛かるし、途中で切断されてしまいつなぎ直してまた最初からということなどしょっちゅうでストレスが溜まるだけだった。時間ばかりかかり結局バッテリーがなくなり万事休す。

携帯電話は持っていたがNOKIA3310だか何だかというモデルで英語と中国語しか使えない上にPOPメールが読めない。要は通話しかできないと言っても良いような代物だった。SONY CLIEを持っていたのでBTモデムカードを買って携帯と繋いでダイアルアップもやってみたがこれまた繋がったり繋がらなかったりでイライラするばかりだった。

そんな頃ちょうどWindows Mobile Phoneが少しずつ世の中に認知され始めこれがDYNABOOKに続く第二の世界標準だと思った。PDAにSIMスロットがついていて電話は掛けられるしGPRSネットワークを通じてメール受発信も1台でこなすでスグレモノだ。

XDA IIi

これさえあれば世界征服も夢ではない。

買った。様々なところで使い尽くされているフレーズを借りれば「気がついたら持っていた」とでも言うのか。

しかしだ、そのままでは日本語が使えないのだ。これは困ったぞ。Windows Mobile Phoneで日本語を使いたい。ネットで色々と調べているうちに同じ状況で果敢に奮闘されている方がお隣の深圳におられることを知った。この方なんと既にWindows Mobile端末で日本語を表示させ日本語入力まで実現されていた。サイトを見ながら勉強させて頂いた。その方こそ後々大変お世話になることになるAsukalさんであった。日本語化に必要な情報は直接連絡をとサイトにあったので早速メール発信。直ぐに返答を頂き界隈では知らない人がいないとまで言われたLets Japanを教えて頂いた。その後シックハックを重ねながら移動中のメール処理環境を整えることが出来た。

こうして俄モバイラー爆誕!
合言葉は

いつでもどこでも誰とでも

その頃のシクハックな様子は過去の投稿でお楽しみくだされ。

ブロクの記事によればAsukalさんと最初にお会いしたのは2005年7月14日のこと。出張の際に食事に誘って頂いて深圳の阳光广场の东北人で食事を御一緒したのを覚えています。もう17年前ですか・・・

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